津田直士「名曲の理由」File13.「ベンのテーマ」

■津田直士プロデュース作品『Anming Piano Songs ~聴いてるうちに夢の中~』に収録の名曲たちをご紹介していきます。

 

※津田氏が実際にピアノを弾きながら解説しています

 

今回は ウォルター・シャーフが生んだ名曲 「ベンのテーマ」をご紹介します。

「ベンのテーマ」は、映画音楽やTVドラマ音楽、クラシック音楽などの作曲家、ウォルター・シャーフが1972年頃、映画「ベン」の主題歌として作曲しました。当初はドニー・オズモンドが歌う予定でしたが、彼がツアー中でレコーディングが難しかったことから、まだ若かった頃のマイケル・ジャクソンが歌うことになりました。

結果的に、この曲はマイケルジャクソンの2ndソロアルバムに収録され、アルバムは全米チャートで5位を記録、さらにシングルでは1位を記録、当時14才だったマイケルは、全米で3番目の若さでNo.1ヒットシングルを獲得したソロアーティストとなりました。(ちなみに1番目は13才でNo.1を記録したスティービー・ワンダー、2番目は奇遇ですが14才の誕生日にNo.1を記録したドニー・オズモンドです) また、「ベンのテーマ」は、1972年のゴールデングローブ賞 主題歌賞を受賞、そして翌年のアカデミー賞候補にもノミネートされ、マイケル・ジャクソンはステージでライブパフォーマンスを披露しました。

映画「ベン」では、ラストシーンでこの曲が流れます。動物が大好きで優しい心の持ち主であるマイケル・ジャクソンが、彼らしい気持ちを込めて歌う「ベンのテーマ」は、素晴らしい名曲として、世界的に有名なバラードとなりました。

 

それでは早速、名曲としての魅力を確認していきましょう。
※ メロディーは移動ドで音階を表します
※ 原曲のキーはF# ですが、コードについては参考音源のキーに合わせ、Eで説明します

動物(ネズミ)に愛情を注ぐ主人公の心情が反映された、優しい音世界がこの曲の特徴です。 その優しさは、どのようにして聴く人に伝わってくるのでしょうか。

【パート1】 (0:07)

まず、出だしのメロディーのリズムを見てみますと、「ターーン・タ/タ・タ・タ・タ/タ・タ・ターン」となっています。 前の「ターーン・タ」 と 後の「タ・タ・ターン」がほぼ対称形で、真ん中の「タ・タ・タ・タ」を挟んでいます。

また、そのメロディーは、「ソーーラ ソファ#ソラ ソレレー」です。リズムが対称形に近いため、安定したシンプルさが優しさを醸し出し、またメロディーの「ソファ#ソラ」の「ファ#」も同じく優しさを誘導しています。

この時、和音はどうなっているのか見てみると、E B/D#のくり返しであることがわかります。主要三和音のうちの2つで構成されているシンプルさに、B/D#、つまり低音が最初のEというコードの半音下の音を出すことで、繊細な優しさが聴く人に伝わってきます。

【パート2】 (0:16)

続きを見てみますと、メロディー最後の音程が「レ」ではなく「ファ」になっている以外、まったく同じです。

優しいメロディーと和音を繰り返すことで、子どもと動物というこの映画のもつ優しい世界が、聴く人に伝わってきます。

【パート3】 (0:24)

さて、次はこの曲の魅力とオリジナリティが強く伝わってくる、とても大事なセクションです。

こちらもまずメロディーのリズムを見てみますと、「ターーン・タ/タ・タ・タ・タ」つまり、この前のメロディーの最初の部分(1小節目)と同じリズムですね。これが続けて4回繰り返されます。ここでもまた「シンプルさが呼ぶ優しさ」が聴く人に伝わってくるわけです。

さて、ここから、この曲を名曲にしている、とても大事なポイントの説明を始めたいと思います。

先ほどから説明しているように、この曲はシンプルさに溢れていますが、シンプルなだけでは、単調になってしまう恐れがあります。しかしこの曲は、『半音の力』が、シンプルでも単調になることなく、むしろ聴く人に深い切なさと感動を与えてくれているのです。

すでに先ほどのメロディーでは、半音の力として「ファ#」が優しさを表現していましたが、このセクションでも、同じ場所、つまりメロディーの4番目の音がすべて半音になっています。
移動ドのメロディーで表記すると、「ミーーファ ミレ#ミファ」「ミーーファ ミレ#ミファ」「ミーーファ ミレ♯ミファ」「レーーミ レド#レミ……」となっています。4番目の音がシャープしていますね。半音シャープしている、ということは、「ドレミファソラシド」というシンプルなメロディー(音階)に『無い音』が鳴っているわけですから、聴いている人の心に何らかの「引っかかり」を生むのです。その「引っかかり」が、メロディーのリズムやメロディーのくり返しによるシンプルさに対して、特別な表情を与えているわけです。

さらに和音を見てみると、そこでも『半音の力』が強く働いていることがわかります。まず、コード進行はこうなっています。

E G♯sus4/D♯ G♯/D♯ D9(11) C♯7 C9(11) B

これだけを見ても、ジャズ理論に詳しい人でなければ、なかなかわかり辛いですよね。そこで、この和音の進行で『半音の力』が働いている音だけを取り出して移動ドで表してみます。

2小節目 / G♯sus4/D♯ G♯/D♯ ⇒ 『ソ♯』
3小節目 / D9(11) ⇒ 『ソ♯』
3小節目 / C♯7 ⇒ 『ド♯』
4小節目 / C9(11) ⇒ 『ファ♯』

となります。 さらに、ベース(低音)も E D# D C# C Bと、すべて 『半音ずつ下がっていく動き』 をしているのです。「メロディーの半音」 「和音の半音」 「ベース音の半音」と、3つの要素で『半音』の力が働いているわけですね。

【パート4】 (0:49)

さて、次のセクションではまた、さらにダイナミックなことが起きます。 それは、突然『長調から短調へ変化』することです。

最初の4小節間だけ、突然 暗くて悲しい世界に変化します。メロディーも和音も、すべてが『短調』にチェンジしてしまうのです。長調だった元の世界が陽だまりのような優しい明るさに満ちていた分、暗くなった表情は聴いている人に強く伝わってきます(またこれは、この曲が流れる映画のシーンにもうまく合っています)。

そしてその後(1:05)に、もう一度 【3】 (0:24)と同じセクションが6小節間あり、続いて新たなセクションが展開します。

【パート5】 (1:29)

こちらは『半音』的なアプローチはなく、メロディーや和音の雰囲気もこれまでと違い、あっさり、ゆったりとした感じになっています。

メロディーは「ド」「レソソーー」「シミミーー」「ラレレーー」「ソドドーー」と、同じリズムを繰り返しながらだんだん下へ下がっていく、シンプルなもの。コード進行も、F♯m7 B/D♯ E△7 のくり返しです。

このセクションがあっさり、ゆったりしていることで、『半音』の力が強く、印象的なこれまでのセクションを引き立たせる効果が生まれています。

 

いかがでしょうか。

映画のラストシーンに向けて創られた「ベンのテーマ」……。

この美しい名曲バラードは、シンプルでありながら半音の力を巧みに使うことで、少年と動物の心温まる触れ合いを表現し、聴いている人の心を優しく震わせてくれるのです。

 


 

■津田直士プロデュース作品のご紹介■

DSD配信専門レーベル “Onebitious Records” 第3弾アルバム
Anming Piano Songs ~聴いてるうちに夢の中~

1. G線上のアリア / 2. 白鳥~組曲『動物の謝肉祭』より / 3. ムーン・リバー / 4. アヴェ・マリア / 5. 見上げてごらん夜の星を / 6. 心の灯 / 7. ブラームスの子守歌 / 8. Over The Rainbow / 9. 夜想曲(第2番変ホ長調) / 10. 優しい恋~Anming バージョン / 11. ベンのテーマ /12. LaLaLu

試聴・購入はこちら
FLAC / DSD

 


 

【プロフィール】

津田直士 (作曲家 / 音楽プロデューサー)
小4の時、バッハの「小フーガ・ト短調」を聴き音楽に目覚め、中2でピアノを触っているうちに “音の謎” が解け て突然ピアノが弾けるようになり、作曲を始める。 大学在学中よりプロ・ミュージシャン活動を始め、’85年よ りSonyMusicのディレクターとしてX(現 X JAPAN)、大貫亜美(Puffy)を始め、数々のアーティストをプロデュ ース。 ‘03年よりフリーの作曲家・プロデューサーとして活動。牧野由依(Epic/Sony)や臼澤みさき(TEICHIKU RECORDS)、アニメ『BLEACH』のキャラソン、 ION化粧品のCM音楽など、多くの作品を手がける。 Xのメンバーと共にインディーズから東京ドームまでを駆け抜けた軌跡を描いた著書『すべての始まり』や、ドワンゴ公式ニコニコチャンネルのブロマガ連載などの執筆、Sony Musicによる音楽人育成講座フェス「ソニアカ」の講義など、文化的な活動も行う。2017年7月7日、ソニー・ミュージックグループの配信特化型レーベルmora/Onebitious Recordsから男女ユニット“ツダミア”としてデビュー。

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